ぐーちゃんの自習室。

社会人8年目、これまでずーっと迷ったりひと休みしたり。そんな私の自習室。

おすすめ台湾音楽10選。

我最愛的台湾音楽。

 最近台湾人の友達が何人かできまして、お互いの国の音楽を教えあう機会が増えました。そして、自分でも良い曲を求めてYoutubeサーフィンしたり、台湾のラジオを聴くようになりました~。

 今回はぜひ台湾ミュージックの良さを多くの方に知って頂くべく、10年前の曲~2016年の新曲まで、新旧織り交ぜながら10アーティスト1曲ずつ紹介します♪

 全てお勧めなのですが、今は特に#2、#4が大好きです!次に#1、#5かな。

 それではどうぞお付き合いください(^_^)/

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(台湾、淡水の一角にて撮影)  

 

#1 不能説的秘密-周杰倫(JayChou)

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 まずは私を台湾音楽にハマらせた張本人、周杰倫(ジェイチョウ)から一曲紹介します♪

 周杰倫は2000年にデビューして以来アジアの大スターまで一気に階段を駆け上がり、映画監督、俳優、音楽活動など幅広く活躍しています。

 最近は超年下の美人俳優、ハンナと結婚したことが記憶に新しいでしょうか。

 多くの人を惹きつける彼の作品からどれを選ぶか悩みましたが、今回は、「不能説的秘密(言えない秘密)」です。

 Aメロ~Bメロは深みのあるピアノと優しいボーカルのみでしっかり聞かせておいて、サビで一気に盛り上げてくるのがたまらない要素です。

 サビから入るバッキングのギターの少しだけざらついた音作り、サビ後の間奏から入るギターの切ない感じフレーズにドキドキします。

 なお、この曲は周杰倫自身がメガホンを取った同名の映画の主題歌にもなっており、PVでは映画の映像を見ることができます。

 映画の不能説的秘密自体、全編を通して音楽が良く、ストーリーは切なく、今まで3回見て3回泣きました。本当におすすめです(もはや回しものですw)。

 公式サイト 杰威爾音樂 JVR Music 

 

#2 爛泥-草東沒有派對(No Party For Cao Dong)
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 最近のアーティストから一曲お届けします。

 草東沒有派對は國立臺灣藝術大學の学生さん達で構成されたバンドで、バンド名の意味は「草東にはパーティーが無い。」2015年に台北でかなり流行したバンドのようです。

 これはポストロックになるのかな。陰のある混声のメロディは日本人好きしそうです。複雑に絡まるギターと要所のキメが心地よく、頭ごと揺さぶられる感じがします。そして全てを音楽でかき消すようなエモーショナルさ。あっという間に曲が終わっていて、最初に聴いたときはまるで幽霊を見たかのように思いました。頭を100回くらい殴られたような衝撃でした。ぜひヘッドホンでお聴きいただきたいです。

 こういうアーティストって、ライブで聴きたいです。台湾に行きたいよ~・・・。

気づいたら何回もリピートしてる一曲です。

Facebookhttps://www.facebook.com/nopartyforcaodong/home?ref=page_internal

 

#3 派對動物-五月天(MayDay)

 五月天は1999年デビュー。#1で紹介した周杰倫と同じくらいのキャリアなんですね。

 人口が約2300万人の台湾において、公式サイトによれば国内コンサートで20万人、またワールドツアーでは60万人を動員するという超国民的バンドなのです。

 こちらの曲は、「Party Animal」というタイトル通り、ノリが良くライブで演奏したら盛り上がること間違いなしです。また、音作りにも妥協が無く、最初から最後まで五月天の世界観を楽しめます。

 PVはストーリー性があり、老年のメンバーに扮したおじいちゃんが不思議なドアを開けると現在の五月天に若返る・・・というものでストーリー性があり、見ごたえがあります。

 なお、サビは英語交じりで日本人にもわかりやすいです。この曲を聞いた後は、あなたも「Let's go party party all night oh oh oh♪」と口ずさんでしまうことでしょう。

 公式サイト:Mayday Japanese Official Website

 

#4 Friday night girl-糯米糰(Sticky rice)

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 少し昔の曲から、踊れる曲をもう一曲紹介します。

 糯米/Sticky Rice(日本語でモチ)は、俳優かつアーティストの馬念先を中心としたバンドです。1994年に活動開始、残念ながら2004年に活動を停止しています。

 なお、馬念先は台湾で大ヒット、日本でも公開された映画「海角七号」にて、まーらーさんっ♪でおなじみの馬拉桑役として出演したことでも有名ですね。

 Friday night girlはダンサブルでスタイリッシュで、PCの前でも、ヘッドホンを付けて目を閉じてノリノリになってしまいます。サビの「♪是否 我們 曾經 見過 在浮華 世界」の多重コーラスがとても心地よいです。

こちらの曲は4つ打ちソングですが、その他の楽曲では軍歌風、中華要素入りポップス、ロック・・・と、とても幅広く、聴けば聴くほどジャンルがわからなくなるのですが、そんなことは良いのです!良いバンドだから!いや、10年以上前でこのセンスは本当スゴイよ~。

 

 公式サイトが無いので、中国語版のWikipediaを貼っておきます~。

 糯米糰 (樂團) - 维基百科,自由的百科全书

 

#5 New Universe Order-馬克白(マクベス)
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 ちょっと変化球を紹介します。

 2008年、メンバーの大学在学中に結成された4人組の馬克白。

 とにかく音が面白いバンドですね。まず、イントロのタムとシンセサイザーの音が出し惜しみなく斬新。最初から全開で、これから何が始まるんだろう?と思わせてくれます。そして、音作りが面白いバンドに負けないくらいボーカルが抜けてくるんですが、どことなく気だるげ(笑)

 台湾のバンドといえほぼ中国語歌詞と思いますが、この曲は全編英語詩です。ここまで中国語ばかり聴いていたので、ある意味耳が心地よくすらあります。電子音好きな方は必聴の一曲です。

Facebookhttps://www.facebook.com/coolmacbeth/

 

#6 戒指-伍佰(WuBai)

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 伍佰は現在48才、台湾のビッグアーティストの一人です。年齢こそ違いますが日本で言うところの山下達郎のような立ち位置でしょうか。

 KISSRADIOで彼の楽曲を知り、台湾人の友人に「伍佰って良いね~!」と伝えたところ「hahahahaha 伍佰は台湾のローカルな音楽の歴史だよ、っていうかなんで知ってんの!?」と驚かれました(笑)

 「戒指」は2011年に発表された楽曲です。タイトルは日本語で"指輪"という意味であり、PVからも分かる通り、求婚ソングですね~(*´ω`)

 スローテンポな中、かみしめるような誠実な歌い方に惚れ惚れしてしまいます。

 公式サイト:伍佰官方網站 | Wubai&China Blue Official Site

 

#7 彼此-動力火車(Power Station)
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 動力火車は台湾南部の原住民、パイワン族(排湾族)出身の男性二人で構成される音楽ユニットです。

 「彼此」はドラマに使用された曲です。ドラマチックなストリングスに乗せられた男らしい歌声とサビのハモリがとにかくキレイ。かえって尺が物足りなく感じてしまい、もっともっと聴かせて下さい!っていう感覚がクセになります。

Facebookhttps://www.facebook.com/himpowerstation/

 

#8 別忘了那天我們醒著-TRASH

 TRASHは男性4人組のバンドです。日本語の情報が少なかったのですが、Wikipediaによると何度かのメンバーチェンジがありつつライブ活動を精力的に行ってきた様子。去年は来日もしているようです。

 確かな実力に基づいたバンドサウンドを聴かせてくれます。冒頭の浮遊感のあるギターが気持ち良い~。

 そして、ライブ動画でも彼らの魅力を楽しめます。

 ご興味のある方は、以下のリンクの動画、1時間過ぎくらいから彼らの演奏が聴けます(一応ウイルスチェック済です。)

 河岸聲現#19、20:11/25(三) 放客兄弟、Trash 2015.11.25 - LIVEhouse.in 直播

 Facebookhttps://www.facebook.com/TrashBandTw/

 

#9 星夜裡的人-先知瑪莉(Mary See the Future)

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 激しめの曲が続きましたので、ここで落ち着いた曲を紹介します(^_^)/

 先知瑪莉は2007年結成、台北を中心に活動しているバンドです。

 ボーカルJoshの囁くような低音ボイス、そして少し張り上げた切ない中高音のメロディーと掛け合うように、しっかりと作り込まれた夢の中にいるみたいなサウンドがとても良いです。彼らの世界観が公式サイトからも伝わってきます。

 公式サイト:Mary See the Future

 

#10 親愛的-張懸

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 最後はしっとりと締めたいと思います(^_^)/

 張懸は台北出身の実力派女性シンガソングライターです。少し彼女について調べたところ、ご家族は政治家、大学の先生、クラシック音楽家・・・と、かなり良いお家のようです。

 「親愛的」は、彼女の甘くて、豊かに伸びる歌声とピアノ、アコースティックギターがとてもマッチしていて、晴れた日のお散歩に良く似合いそうな一曲です。

 Facebookhttps://www.facebook.com/algae.deserts/

 

おわりに

 ここまで私のおすすめを聴いて下さりありがとうございます。

 アイドルやポップスよりバンドサウンドが好き、そして一癖ある音楽が好きということで、図らずとも男性ボーカルにかなり寄ってしまいました(´▽`*)

 まだまだ台湾音楽初心者なので、またお勧めを見つけたらご紹介できたらなぁと思います。

 最後に、アーティストの紹介は自分なりに台湾のWikipediaを調べたものが多いので、誤りがありましたらこっそり教えていただけたら嬉しいです!(笑)

 

番外編

 台湾の音楽を発掘しているうちに見つけた、香港のインストバンドがカッコ良かったので、同じ中華圏ということで貼っておきます。今も昔もインストは大好物です♪♪

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バセドウ病のこと~こぼれ話?医療費と傷痕隠しと麻酔のこと~

前回までの記事で、私のバセドウ病手術体験を紹介しました。 

今回はそれぞれの記事に書けなかった、医療費・傷痕隠し・麻酔のことを、それぞれお話したいと思います(^_^)/

過去記事はこちらです↓

 バセドウ病のこと~発病から発見まで~ - ぐーちゃんの自習室。

 バセドウ病のこと~薬の副作用と手術決定まで~ - ぐーちゃんの自習室。

 バセドウ病のこと~入院と手術、退院まで~ - ぐーちゃんの自習室。

 バセドウ病のこと※写真有~術後の後遺症と手術痕~ - ぐーちゃんの自習室。

 

(1)大事なお金のこと、「限度額適用認定証」

 まずは医療費のことです。

 手術することが決まった時、入院・手術費がとにかく心配で、相場をずいぶんと調べたものです。結局病院の請求通りに払わなくてはいけないことには違いないのですが、大きな手術や治療をする場合は、少しでも家計への負担を減らしたいというのもまた確かだと思います。

 

 そのための制度として、「高額療養費支給制度」が広く知られています。

 ただしこれは収入に応じて一定額以上医療費を支払った場合に、後から一定額以上の部分が払い戻されるというもの。払い戻しまでには数ヶ月かかり、その間のやりくりが厳しくなるパターンも想定されます。何より、ただでさえ病気で大変なのに、事務手続きの負担や一体いつ払い戻されるのか?という余計なストレスも避けたいものです。 皆が皆富豪ではありませんからね(´▽`*)

 

 そこで今は「限度額適用認定証」が便利です。

 限度額適用認定証は一ヶ月に1つの医療機関で支払う医療費自体を、一定額に抑えられるというもの。この「一定額」はどうやら高額医療費交付制度と同じ基準ではあるようですが、支払金額を最初から抑えられる分、キャッシュフローがかなり楽になります。

 詳しくは協会けんぽのWebサイトをご参照ください。また、会社で独自の健保があればそちらに確認するのが手っ取り早いと思います。

 医療費が高額になりそうなとき | 健康保険ガイド | 全国健康保険協会

 

 私は手術が決まってからすぐ、限度額適用認定証の交付を申請しました。申請書は書類1枚で、記入欄はせいぜい保険証の番号や氏名住所等の基本情報で、特別な計算や証明書等は必要ありません。

 さらに、私自身すぐには交付されないだろう、せいぜい一ヶ月は待つだろうなぁという認識でいたところ、なんと会社経由で申請してから数日で交付、申請後約10日で受け取ることができました。

 その結果、通常の3割負担では数十万円かかったであろう入院費が7万円程度の支払いで済みました。

 もちろんバセドウ病以外でも使える本当に便利な制度です。

 私も病気にならなければ知らなかったと思いますので、ぜひ広めたく紹介しました(^_^)/

 

(記事には関係ないのですが、私の地元の写真です。空がキレイだったので(´▽`*))

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(2)私の手術痕の隠し方。

 甲状腺を摘出する場合、大なり小なり切開創による傷ができます。私は12~13cmと比較的幅の広い方でした。

 他の方のブログを参考にしたところ、自前でアクセサリーを作ってかわいく隠している方もいらっしゃるようです。

 が、私・・・不器用でアクセサリー作りとかできません。本当、できないんです・・・。裁縫に例えるならば、ボタンのぬいつけさえ怪しいレベルです。

 なので、ストールで日焼対策と傷跡隠しを同時にすることにしました。

 見た目はこんな感じです。 しっかり隠れています。(^_^)/

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 今度友人の結婚式があり、どうやって隠していくか少し悩ましいのですが、それは後で悩むとして・・・しばらくはストールで隠していきたいと思います。

 

(3)実は切れました、術中麻酔。

 術前の説明にて、手術中は全身麻酔で深く、ふか~~~く眠り、次に目覚めるのは翌日朝と聞いていました。

・・・しかし、実は私、手術直後に一瞬目覚めてしまっていたのです。

どういう状況だったかと言いますと、手術前に麻酔で眠った後、突然ふと目覚めまして。ぼんやりとした意識の中、なんとなくまだ手術室の中だなあと気づきました。

 そんな中、麻酔医の「今はアマゾンとかあるからな、アマゾン!はは!(笑)」という声が聞こえてきました。一言一句はっきり覚えています。研修医の先生に何か教材を勧めていたのでしょうか。ちょっと冗談めかしているようにも聞こえました。手術室にいる私以外のみんなが和やかに笑っています。喉にチューブ刺さってるから笑えないんですけどね。

 こちとらそれどころじゃないんだよぉ、アマゾンじゃねーよ、アマゾンじゃ!(笑)

そして、執刀医の「はい、おつかれさまでしたー!」の掛け声に続き、「お疲れさまでした~!」という、これまた私以外全員の明るい挨拶が聞こえてきました。

 医師の世界でもあいさつ、そして少しの私語は潤滑油なのかもしれません。 

 すると、オペ室の看護師さんが私が目を開けていることに気づき、ちょっと慌てた様子で「あ、ご本人起きてます~!」と仰いました。起きているうちに・・・と、すぐさまSICUに運ばれ、家族と手を取りました。

 お疲れ!頑張ったね!と声をかけてくれた母と妹の手のひらに、それぞれ「ハラヘッタ」「ネムイ」と書き、そのままちゃんと無事、翌朝まで眠りに落ちました。

 目覚めたからと言って、特に痛かったわけでもないのですが、こんなこともあるんだなぁと思いました。

 

さてさて、バセドウ病の発病から手術については色々ありましたが、術後の体調は脈拍も落ち着いてますし、異常な疲れやすさ・暑がりや動悸も治り、夏を少しは楽しめるようになり、改めて手術して良かったなぁと思っています。

手術を乗り越えられたのは、執刀医はもちろん、他のお医者様たち、看護師さんたち、それから家族にも友人、周りの方のお陰であり・・・感謝です。

バセドウ病のことについて、連続更新は一旦ここで区切りまして、また術後の経過について、お伝えしたいことが出てきたら更新したいと思います♪

私の経験がどなたかのお役に立てれば幸いです!

バセドウ病のこと※写真有~術後の後遺症と手術痕~

手術から約2週間経ちました。

私はバセドウ病の治療のため、入院を伴う手術をしました~。

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手術の後遺症や手術痕には人によって様々なものがありますが、今回は私の実体験をお話したいと思います。

 

(1)術後出血

 困り度 ☆

 甲状腺周辺には血管が多く集まっているため、切開したところからしばらく出血していました。ドレーンをつけてもらい、血が止まるまで入院中にケアしてもらえるので特に問題なし。

 

(2)低カルシウム血症

 困り度 ☆(ただし、ピーク時は☆×100)

 前回の記事で触れましたが、甲状腺をほぼ摘出したことにより、カルシウム代謝を司る副甲状腺にも影響があり、全身がつっぱり、痙攣する症状がありました。

 現在はカルシウムとビタミンを補う薬の服薬により、全くつっぱり感を感じなくなりました。術後1~2日目がピークで、その後は全く問題なかったように思います。

 

(3)気道のむくみ感

 困り度 ☆☆☆

 下あご~喉にかけてむくんでいます。顎を触った時に自分の肌じゃないみたいでちょっと気持ち悪いです。

 しかし手術直後と比べれば徐々にむくみが引いて行っているので、少しずつ回復していくものと思います(^_^)/

 

(4)声のかすれ

 困り度 ☆☆☆☆

 麻酔のチューブが入っていた影響で、術後は全く声が出ないです。術後翌日からじわじわと回復していき、術後一週間くらいで普通の会話に支障が出なくなりました。

 回復の過程は、声が全く出ない→かすれ声が出て単語が言える→かすれ声で話ができるようになる→普通のトーンで話ができるようになる でした。

 術後二週間経過しても完全回復はしていなく、高音が出しづらいです。自分の場合、日常会話をする分には問題ないですが、例えば歌を歌ったりとかはまだできません。仮に今の調子で仕事に復旧した場合、商談とかで喋り続けるのは難しいでしょう。

 

(5)体力低下

 困り度 ☆☆

 全身麻酔や入院生活の影響で体力がかなり落ちましたが、術後はとにかく歩くようにしていました。

 理学療法士さんから聞いたのですが、ナースステーションの前をよく往復していると元気アピールになり、早期退院への近道になるようです。

 また筋力が低下し、車のドアの開け閉めがし辛くなったり、良く体がつったりしていました。これは今後のトレーニング次第で良くなると思います。

 退院後2日で、ずっと我慢してたポケモンGoがやりたくて、4kmほど歩いたら当たり前ですが翌日全身筋肉痛になりました。術後回復はほどほどにちょっとずつ、にとどめたほうがよさそうですね。

 

(6)手術痕について

 (「続きを読む」で手術痕の写真が出てきます。ご注意ください)

 手術直後から、手術痕はたまに痛む程度で、耐えられないほど痛いということは無かったと思います。

 首に力を入れる動作(起き上ったりとか)に支障があったのも術後一週間程度で、その期間はいったん体を横にしてから起き上がるようにしていました。今は首を軽く回したり、左右に90度ずつ動かす程度には問題ありません。後ろを振り向くのはまだ厳しいです。

 ただ、くしゃみをした時だけびっくりするくらい傷口に響きます!喉に力が入るからでしょうか?裂けたかと思ったくらいです(笑)

 

 そして見た目ですが、私は首元に12~13cm程度の切開創になりました。

 他の方のブログを参考にすると、私は幅が広い方のようです。

 ここからは写真を交えて経過を説明したいと思います。

 苦手な方もいらっしゃると思いますから、ご興味のある方のみ「続きを読む」からご覧ください(^_^)/

続きを読む

バセドウ病のこと~入院と手術、退院まで~

入院の日~手術前日まで

私はバセドウ病に罹り、薬疹が激しいために服薬治療を中断せざるを得なくなり、手術による治療を選択しました~。

guguco.hatenablog.com

 

さて、バセドウ病で手術をする方のほとんどが、前日からの入院となるようです。

しかし私は入院前の検査で、肺活量が標準より少ないことが分かっており、術後の回復に支障を来す可能性がありました。

そのため、手術の4日前に入院し、呼吸リハビリを行ってからの手術となりました。

 

呼吸リハビリは「トライボール」という器具を使用して行いました。

これが結構いいお値段がするもので、お祭りとかで売ってそうな見た目なのですが、病院の売店で購入したところ3500円くらいしました。高いよっ!(笑)

 

↓参考までに。

呼吸訓練器 トライボール

呼吸訓練器 トライボール

 

 

リハビリ以外では、他の入院患者さんと話したり、友人がお見舞いに来てくれたり、差し入れの漫画を楽しんだりして、あっという間に時間が過ぎて行きました。

病院食はある意味予想通りのクオリティでしたが、他の方からおすそ分けを頂いたり、家族・友人からの差し入れの塩辛・岩のりをふんだんにご飯にかけたり、味の薄さに文句を言ったりしてある意味ワイワイ楽しく食べていました。

そしてお風呂の時間は決まってはいるものの、自宅よりも湯舟が広いこともあり、制限のある生活の中でも快適に過ごすことができていました。

 

手術3日前に執刀医と麻酔担当医より、手術についての詳しい説明がありました。

特に重要だと思った点を紹介します(´▽`*)

(1)今回の手術では、甲状腺を小指の先くらい、2~4gくらい残すこと(亜全摘)。

 →仮に甲状腺を全摘出した場合、バセドウ病の再発は100%ないが、一生甲状腺ホルモンを補う薬が必要。また甲状腺の裏にある副甲状腺への血流阻害により低カルシウム血症で手指がつっぱったり動かしにくくなるリスクがある。

 →執刀医の経験では、亜全摘で再発した人は0人。メリットとデメリットのバランスを考慮し亜全摘を選択。(再発0人ってのがすごい。)

(2)甲状腺よりも幅を広めに切開すること。

 →首回りには神経や血管が集中しており、難しい手術となる。万が一甲状腺周辺が見にくく、皮膚を裂いてしまったりすると傷口がケロイド化する可能性があるため、余裕を持って切開する。

(3)手術は全身麻酔で行う。術後は一晩麻酔がかかったまま、翌日朝まで眠りっぱなし。翌日経過観察をしながらSICU→HCU→大部屋に移動する。

 SICU・・・術後回復専用の集中治療室。

 HCU・・・準集中治療室。

 

余談ですが、私の執刀医は県内でも敏腕で評判な先生であり、手術後に知ったのですが、「喉と胸のプロ」という異名をお持ちの方でした。また、麻酔医は、ベテランの先生と研修医の先生2名で行っていただけるとのことで、特に手術に不安はありませんでした。

 

手術前日は24時から絶食になるため、浅ましくも24時までおやつを食べたり、タピオカミルクティーを飲んだりしていました。w

 

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(病棟からの夜景。)

 

手術当日。

午後からの手術に対し朝6時から絶飲。

ここからは点滴での栄養補給になりますが、お腹がすきすぎているにも関わらずグルメガイドを見て空腹に拍車をかけるという謎の行動をしました。

これもバセドウ病の症状の1つかもしれませんね・・・(違います)

 

また、午前中に手術用のストッキング、手術着への着替えを済ませました。

手術の15分前に看護師さんよりお手洗いに行くよう声掛けがあり、血圧などを計ったのち、歩いて手術室に向かいます。

ドラマや漫画の場合、ストレッチャーに寝かされて手術室に向かい、家族と目を合わせてうなずきあったり「私、がんばるよ・・・!」とかいう声掛けがあると思うのですが、実際は「んじゃ、行ってきます♪」みたいな、あっさりした別れになりました(笑)

 

そのまま手術室内に入り、ベッドに寝そべり、さまざまな機械をつけてもらい、いよいよ手術開始となります。

全身麻酔用の人口呼吸器?を取り付けられ、深呼吸を繰り返すとあっという間に眠りに落ちました。

 

手術翌日

手術翌日は、事前の説明通りSICUで目覚めました。(実は術後にも一瞬だけ目覚めてるんですが、別記事にしました)

SICUは手術後の人専用の集中治療室で、なぜか地元のラジオが大音量で流れているのをぼーっとした意識の中聞いていました。

ここで、一番不快だったのが麻酔用のチューブです!!

ただでさえ、喉がおえっとなりやすい私・・・。取って欲しくてたまりませんでした。

というか、麻酔で朦朧としていたのもあり、自分で取ろうとしてしまい、身体抑制されてしまいました(-_-)/

そして、朝8時くらいでしたでしょうか。執刀医にチューブを取ってもらい、水を飲む練習をしました。

他にも色々機械はついていたのですが、チューブが入っているといないとでは不快感が全然違うものでとても嬉しかったです(笑)

今日一日は喋らなくていい(というか喋りたくても喋れない)と言われ、看護師さんとのコミュニケーションは身振り手振りと、単語レベルのかすれ声になってしまいましたが、看護師さんは慣れているようで、すぐに言いたいことを分かってくれるのがありがたかったです。

 

しばらくしてHCUに移動し、1日過ごすことになりました。HCUでは1日中寝っぱなしで、時々血圧と体温を測る以外は特にやることが無かったですね~。

夜中、なんとなく全身がつっぱる感じがあったのですが、看護師さんに相談したところカルシウム剤を点滴してもらい、なんとなく眠ることができました。

 

手術後2日目

尿道カテーテル、足のむくみを取るマッサージの機械等を取ってもらいました。

これで体についているものは、傷口からの血液や体液を取るドレーンと栄養剤の点滴のみになり、歩いて大部屋に戻りました。

見舞いに来てくれた母と一緒にお昼ご飯を食べていたのですが、やはり前日のような体のつっぱりを感じ、さらに症状が激しくなってしまいます。

執刀医曰く、甲状腺の手術をした後では、副甲状腺からのカルシウムの供給が不安定になってしまい、特に私の年代では体がこわばる症状が出る人が多いとのことです。

ピーク時は、全身が硬直して力が入り、痙攣、歯ぎしりが止まらなくなっていました。

大体3~4時間くらい続いたでしょうか。

体はおかしくなっていても意識ははっきりしていますから、「一生このままだったらどうしよう・・・(泣)」と、とても不安でした。

カルシウム剤を点滴、服用の両方で摂取し、薬が効いてくると同時に疲れが出たようで、ぷっつりと糸が切れるように眠りに落ちました。

 

手術後3日目

朝起きると、昨日の体のこわばりが嘘のように消えていました。また、かすれ声ではありますが、普通の会話ができるくらいには回復していました。

おかえり私の体(*^▽^*)イエーイ(*^▽^*)と、かなり気分が上がったのを覚えています。

執刀医から改めて症状についての説明があり、しばらくはカルシウム剤、ビタミン剤を服用することとなりました。

ただしこれはご飯が徐々に食べられるようになり、自分でカルシウムを摂取できるようになり、副甲状腺の機能が安定すれば量を減らしていけるとのこと。

少しでも回復すべく、売店等でカルシウム入りのおせんべい、クラッカーなどを食べるように指示がありました。

この日、ドレーンと一緒ではありますが、久しぶりのシャワーとお風呂に入ることも出来ました。

 

術後4~6日目

術後4日目にはドレーン・点滴も取れ、リハビリ中心の生活になり、どんどん回復していきました。

点滴が取れた後は、歩行訓練で他の病棟まで歩いたりなど、結構自由に過ごしていました(^_^)/

理学療法士さん曰く、ホルモンを抑える薬を飲んでいないのに、脈拍が安定しているとのことで、手術の効果を感じることができました。

今流行りのポケモンGoもダウンロードし、院内を散歩したり、食事をしたり、友人と面会もできました。

そして術後5日目で退院許可が出て、その翌日、入院6日目にして晴れて退院となりました~。

 

ちょっと駆け足でしたが、11日間の入院生活を紹介しました(´▽`*)

 

後遺症編につづく。

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バセドウ病のこと~薬の副作用と手術決定まで~

(蕁麻疹の話があります。苦手な方はご注意ください)

メルカゾールを服用してから。

私はバセドウ病に罹り、まずはメルカゾールという薬を6錠/日服用することになりました。

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メルカゾールは甲状腺にはたらきかけ、過剰になっているホルモンを抑える薬です。

かかりつけ医より、早ければ2~3週間で効果があるが、すぐ薬を止められるわけではなく、服用中止までには年単位でのコントロールが必要との説明がありました。

そこでまずは薬が効きはじめるまでの期間、休暇を取り治療に専念することになりました。

しばらくは良くも悪くも体調は変わりませんでしたが、仕事に行くことも無かったため特にストレスも感じず、おとなしく自宅静養していました。

 

激しい副作用に悩まされる

服用を開始してから2週間ほど経ったころでしょうか。

まず、のどに違和感と痛みを感じ、熱が出るようになりました。

熱自体は37℃~38℃でそこまで高熱では無く、かかりつけ医に相談したところ、メルカゾールはそのまま服用するようにとの指示がありました。

そうして数日が経過した頃でしょうか。突然、太ももの裏に小さい蕁麻疹が出てきたのです。

最初は太ももの裏だけだったのですが、たちまちひざ裏、腕、足裏、お腹、背中、とどんどん広がって行きます。

ピーク時で、体表面の1/3に蕁麻疹がある状態でした。

蕁麻疹自体はメルカゾールの代表的な副作用と聞いていたため、特に動揺はしなかったのですが、とにかく痒みと腫れによるイライラでまともに眠ることができませんでした・・・。

朝になってすぐかかりつけ医に行き、抗アレルギーの点滴と注射を打ってもらい、完全では無いものの多少症状が落ち着き家に帰りました。

この時点でメルカゾールの服用は中止し、「プロパジール」に薬を変更しました。

 

しかし、また夜になると、蕁麻疹が再発し、今度は肩や喉、手にも蕁麻疹が出てしまい前日よりも症状はひどいものになっていました。

喉回りは、甲状腺の形がはっきりわかるほど腫れあがっていました。

そして、手に至っては、右の手の甲がパンパンに腫れ、普段は透けて見えている血管や、骨が全くわからない状態。

この日は休日だったため、病院に行くかどうか迷ったのですが、友人に相談したところ、すぐ救急外来を受診することを勧められ、友人に付き添ってもらい近所にある総合病院を受診しました。

 

総合病院ではこれまでの経緯を説明、お薬手帳なども提出し、抗アレルギー薬の点滴を打ってもらいました。

しかし当直の先生は専門の先生では無いため、翌日、内分泌専門の先生の外来に予約を取ってもらい、再受診することになりました。

これが今思えば、後々良い選択でした。

自分ひとりでは、「朝まで様子を見よう・・・」ってなっていた可能性もあるので、本当に良い選択に誘導してくれた友人に感謝してます・・・。

 

 内分泌専門の先生を受診

翌日、内分泌専門外来を受診したところ、メルカゾール・プロパジールの薬疹であろうという診断となりました。その際、念の為皮膚科も受診しました。・・・皮膚科の先生からは入院も勧められましたが。orz

この日、蕁麻疹自体は救急外来受診時と比べれば少し引いていましたが、普段の状態からはほど遠く、むしろ体の内側にも粘膜障害が出てしまい、嚥下のし辛さや、気持ち悪さもあったため、抗アレルギーの点滴を何度も打ってもらいました。

 

週に4回くらい病院通いしたでしょうか。

その中で、内分泌の専門医から、薬の服用ではこれ以上の治療が出来ないため、今後「アイソトープ」もしくは「手術」になること。

いずれにしても、専門医/専門施設での治療が必要であるが、この病院ではそれが出来ないこと。

そのため、治療ができる病院に紹介状を書くことになると言われました。

 

この時点で私には3つの選択肢がありました。

 

①伊藤病院に行く。

②近隣で治療ができる病院に行く。

③地元で治療ができる病院に行く。

 

①は表参道にあり、その道では知らない人のいない甲状腺専門病院で安心なのですが、とにかく待ち時間が長いと聞いていました。

更に、自宅からは若干遠いこと、待ち時間が長い=治療までも待たされる可能性があると考え、選択肢から除外していました。

②は、私は一人暮らしだったため、仮に入院となった場合に家族が来るのが大変なことや、サポートが望めないこともあり、心細いなぁと思っていました。

そして、③であれば、地元の家族が健在であり、甲状腺専門医のいる病院が実家の比較的近くにあるため、今回は地元の大病院(以下、A病院)に紹介状を書いてもらうようお願いしました。

 

また、こちらの病院では、メルカゾール・プロパジールの服用を中止する代わりにヨウ化カリウム丸(一時的に甲状腺機能を抑える薬)とインデラル(脈拍を落ち着かせる薬)を処方して頂きました。

 

蕁麻疹については手術の日まで完全に治まることは無かったのですが、強い抗アレルギー薬により一週間ほどで何とか日常生活が送れるくらいにはなっていました。

この時期はとても辛かったですが、徐々に良くなって行く体調にとてもホッとしたような記憶があります。

 

さぁ手術に決めたぞ。

蕁麻疹の落ち着きを待って地元に移動し、A病院を受診しました。

ここで、アイソトープ治療か、手術かを選択することになりました。私にとってのメリットとデメリットは以下の通りです。

 

アイソトープ治療の場合>

治療方法・・・甲状腺にだけ作用する放射線がくっついてる薬を飲み、甲状腺だけを被ばくさせて機能を抑える。

 メリット)体への負担が少ない。検査用のカプセルと治療用のカプセルを飲むだけで済む。

 デメリット)放射線が効いてくるまでに数ヶ月の時間を要する。一時的に線量が高くなるので数日間外出を控えなくてはならない。

 

<手術>

  治療方法・・・手術により、甲状腺をほぼ全部摘出(亜全摘)する。

  メリット)甲状腺を取った瞬間からホルモンの分泌が抑えられるため、病気は治る。

  デメリット)傷跡が残る。

 

詳しくは、おなじみ伊藤病院のサイトをご参照頂きたく・・・。

www.ito-hospital.jp

 

私のケースではアイソトープを選択すると、放射線が効いてくるまでの期間、バセドウ病の症状を抑える薬が無い(ヨウ化カリウム丸は、早ければ2週間とかで効き目が薄れる)ことから、手術で行くことが早々に決まりました。

 

A病院では、私の現状や治療戦略、予後をA41枚の説明用紙にまとめて下さったお陰で後から見返すことも出来、迷わず、手術をするという選択が出来ました。

 

そして、入院日や手術予定日を設定し、晴れて入院日を迎えることとなりました。

 

続きます♪

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